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映画「バトル・オブ・シリコンバレー」を観た感想

みなさんこんにちは、高杉です。

春も終わりを告げ、いよいよ初夏に差し掛かり新緑が風に舞う頃となりましたね。

こういう季節の時にふと考えてしまうのは、やはりジョブズのことです。スティーブ・ジョブズのことをあらためて問い直したい、そういう季節だと思う。

2011年10月5日に56歳という若さでこの世を去ってから10年の歳月が流れました。その大きな節目を迎え、今再びジョブズに注目が集まっているような気がする。

ジョブズといえば、スピーチで何か良さげなことを言う人というイメージが強いけど、いまいちぼんやりしているのが日本人の総意だと思う。

にもかかわらず、日本人は結構ジョブズが好きだ。アップルよりジョブズの知名度のほうが大きいんじゃないかってぐらいジョブズの存在感は光っている。

映画や書籍におけるジョブズのネタ的扱いはいい感じにパターン化していて、部下をその場で解雇するとか、素足やサンダルで仕事をし、出資者や取引相手とのミーティングで机に足を投げ出して対応するみたいなダークなイメージが強調され、もうどんどんキャラ的なケレン味が増しているように思う。

確かにキャラ立ちはすごい。ビルゲイツもなかなかのものだがジョブズに比べるとどうしてもかすんでしまう。

しかし日本におけるジョブズ像は明らかにデフォルメされており、その実像を覆い隠しているように思う。

そこで今回「いや違うんだ、ジョブズって意外とこんな奴なんだ」っていうのを伝えようとしたわけなんですが、ちょっと困ったことが起きた。

何が困ったのかというと、ジョブズの自伝的映画「バトルオブシリコンバレー」を観たら、そこにいたのは本当にただのジョブズだったんです。

要は日本人がジョブズってこんな奴だろう?と生半可な知識で思ったジョブズがそのまま当たってたみたいな。私たち日本人が求めるデフォルメされたジョブズをまごうことなく体現したかのようなジョブズがそこにいたのです。

あまりにジョブズすぎて正直困った。まるで、これがジョブズだろう?とこちらのジョブズ像を先取りするジョブズがいたのです。

「僕は宇宙に衝撃を与えたいんだ」とか「芸術家のように新しい世界を作りたい」とか「人の思考の歴史を僕らが書き変えるんだ」とか、もう映画全編にわたってジョブズ感丸出し。ジョブズがジョブズ全開でもう隙がなくて悔しいくらい。

で、ちょっとぐらいジョブズらしくないところないのかなって、血眼になって探したら一箇所だけものすごくジョブズらしくないところがあった。

ウォズニアックがパソコンを作ったんだけど、彼はジョブズと組みながらヒューレットパッカードとも仕事をしているから、何かを開発したらそれを見せなきゃならない。最初にそういう契約を結んでいる。

で、ウォズニアックが契約通りパソコンをヒューレットパッカードに見せに行くんだけど、その間ジョブズが超そわそわしている。

どうか彼らがパソコンの価値に気付きませんように、役員会議でボツになりますように、ってめっちゃ祈ってる。もうあんなにそわそわしたジョブズはなかなかお目にかかれない。

で、結局ヒューレットパッカードの役員連中は、そのパソコンの潜在的な価値を見抜くことができず「そんなものは採用できない」とウォズニアックのプレゼンを却下するという最悪の意思決定をしてしまう。

それによりジョブズが自由にそのパソコンのライセンスを主張できるようになり、その後のアップルの快進撃へとつながる。

そんな感じで、ジョブズの意外な一面を垣間見ることができる映画「バトルオブシリコンバレー」についてのお話でした。

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