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映画「DUNE/デューン 砂の惑星」を観た感想

みなさんこんにちは、高杉です。

今日は映画「DUNE/デューン 砂の惑星」を観た感想を述べたいと思います。

今から約8千年後の未来、それは人間がAIとの壮絶な戦いの末に勝利を収めた後の世界です。

それはコンピューターの高速演算による定量分析より、人間の脳のシナプス発火活動による定性分析の方が優れていることを証明したことを意味します。

その戦い以降、AIの利用価値やプレゼンスや倫理的正しさは地に落ち、人々のAI離れが進み、コンピューターによるデジタル的、オートマティック的、定量分析的なものは悪であり、人間によるアナログ的、マニュアル的、定性分析的なものを良しとする価値観が長い間支配的であり、人々から支持され続けます。

そういった世界では脳のシナプスを活性化させる「メランジ」が一躍脚光を浴び、宇宙で最も価値のある物質へと変貌を遂げました。

メランジはスパイスのような粉末状の物質であり、それが存在するのは砂漠の惑星アラキス、通称「デューン」のみです。

なので、そのデューンを支配する者が必然的に宇宙を制する事になります。

そういった世界の話です。

そんなある日、主人公の父親が宇宙一の権力者である皇帝からデューンの統治を命ぜられるところから物語は始まります。

メランジの唯一の産地であるデューンの統治を命ぜられるというのは一見おいしい話のように見えますが、実際は違います。

それは皇帝による罠だったのです…

主人公の父親は、デューンに引っ越しを済ませるや否やいきなり不意打ちを食らい大勢の部下と共に殺されてしまいます。

皇帝がなぜそんな卑怯なことをしたかというと、主人公の父親が率いるアトレイデス家の力が強くなり過ぎ、かつ、宇宙での人気が皇帝を上回るようになったからです。

つまり、皇帝はアトレイデス家に脅威を感じると同時に嫉妬したのです。

アトレイデス家の数少ない生き残りである主人公はかろうじて逃げ延びますが、ほとんど着の身着のままの状態で巨大なサンドワームの生息地である砂漠のど真ん中を彷徨います。

そのうえ、皇帝が精鋭揃いの暗殺部隊を雇って主人公を追跡します。

そんな感じで、ティモシー・シャラメ演じる主人公の青年は無理やり過酷な冒険へと引っ張り出されてしまうのです。

これは典型的な「coming-of-age story」(成長物語)の始まり方です。

スターウォーズエピソード4では農家の青年ルーク・スカイウォーカーが偶然手に入れたレイア姫のメッセージを見たことがきっかけで宇宙戦争を背景にした冒険へと駆り出されますし、ファーストガンダムでは機械オタクのアムロ・レイが偶然サイド7でザクの強襲を受け、恋人のフラウを守るために近くにあったガンダムに乗り込みテンパリながらもザク2機を撃破したことがきっかけで宇宙戦争を背景にした冒険へと駆り出されます。

ルーク・スカイウォーカーもアムロ・レイも、そうやって無理やり巻き込まれた冒険の中で困難に立ち向かい、幾多の試練を乗り越え、大きな成果をあげるとともに人として成長していきました。

もちろん、私たちはルーク・スカイウォーカーやアムロ・レイのような体験をすることはありませんが、それでも大学入試とか、就職とか、実家を出て一人暮らしを始めるとか、地方に転勤するとか、なれない部署に配属されるといったことは「強制された冒険」の一種だとみなすことができますし、ルーク・スカイウォーカーにベン・ケノービーがいたように、アムロ・レイにランバ・ラルがいたように、ポール・アトレイデスにダンカン・アイダホがいたように「強制された冒険」の途中で、迷う若者を正しい道へ導く大人の存在は重要だと思います。

主人公の青年ポール・アトレイデスは、望むと望まざるとに関係なく、そんな気分であろうがなかろうが、強制的に過酷な冒険へと駆り出されたわけですが、この「強制された冒険は、青年が大人になる過程で必要である」というのが本作に込められたメッセージなんじゃないかって私は勘ぐってますし、実際に主人公が劇中で人として成長していく姿が見事に描かれていたと思います。

というわけで、映画「DUNE/デューン 砂の惑星」のレビューでした。

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